ポイントは、どれもピントの位置の問題ということです。(乱視に関してはピントの位置と角度)
スマホでカメラを起動してみて手前に指などを出してピントを合わせてみてください。背景がぼやけるはずです。逆に背景にピントを合わせてください。指がぼやけるはずです。
このように、基本的にピントが合う場所というのは奥行きのある中の1か所になります。
そのピントの位置がどこか、というのが近視・正視・遠視の分類です。乱視はピントの位置と角度が関係します。
近視とは
- 近視の人は近くが見やすい
- ピントが近くに合っている
- 遠くはぼやける(=眼鏡が必要)
- 眼鏡やコンタクトの度数はマイナスで表す
近視とは、近くにピントが合っている状態です。手元にピントがあっていて、遠くのほうはピントがぼやけます。(度数はマイナス)
手元のゲームやスマホ、読書などする際にはそのまま見えるのですが、遠くの方がぼやけるので、看板の字が見えなかったり、スポーツのときに見にくかったり、運転のときなどは眼鏡がないと見えにくい状態となります。
正視とは
- 正視の人は遠くが見やすい
- ピントが限りなく遠くに合っている
- 若い人は近くも見える(自力でピント調節ができるため)
- 老眼になると近くはぼやける(=眼鏡が必要)
- 度数は±0である
正視とは、遠くにピントがあっている状態です。細かくいうと、無限遠(無限の先の遠く)にピントが合っています。(度数は基準値のゼロ)
ただし実際は無限の先の遠くと、100m先の遠くと、10m先の遠くはピントの度数としてはそんなに変わりません。
一方、手元方向は有限の距離ですが、手元10cmにピントが合っている近視と手元30cmにピントが合っている近視では、だいぶ近視の度数としては異なります。
手元のほうは、若いうちは調節力(手元にピントを合わせる力)が働くため見えます。(ゼロからマイナス方向にピントを合わせる)歳をとると調節力がなくなるため、手元が見えにくくなります。老眼です。
調節力というのは、近くの方向に対してピントを合わせることができる目の力です。近くの方向に対してしか調節は働きません。つまり、近視の人が遠くを見えるように調節することはできません。眼鏡が必要です。(目を細めると遠くの細かい字が見やすくなりますが、それはピントを合わせている訳ではありません。)
遠視とは
- 遠視の人は近くも遠くも見にくい
- ピントは限りなく遠くの更に向こう、明後日の方向に合っている(=どこにも合っていない)
- 遠視が弱い若い人はそれなりに近く遠くも見える
- 老眼は早くになりやすい(=手元用の眼鏡が必要)
- 眼鏡やコンタクトの度数はプラスで表す
正視が最大限の遠くにピントが合っている状態でした。では、遠視は?
遠視とは、どこにもピントがあっていない状態です。
「近視=近くが見える」に対して「遠視=遠くが見える」と思いがちですが、正しくは「正視=遠くが見える」です。
遠視では無限の先よりも遠く、つまり現実的には存在しない明後日の方向の遠くにピントが合ってる状態です。(度数はプラス)
こちらも同様に、若いうちは調節力が働くため、ある程度見えます。調節して、ピントを現実世界の無限遠に合わせて(プラスからゼロに)、さらに調節して近くを見る(ゼロからマイナスに)、という感じです。
のように、目の調節する力は近くを見る方向にのみ働きます。つまり、調節というのは近視化させる(マイナスの度数に持ってくる)ことを指します。遠視はプラスの度数なので、調節してまず±0の正視(遠くが見える状態)にして、さらに調節すると近くが見えるようになります。
正視よりも多くの調節力が必要になるため、遠視の程度が強いと遠くも近くも見えにくくなります。(近くの方がより見にくい)また、遠視が強く調節力を働かせすぎて目が頑張っている状態が続くと、内斜視という目の位置ずれを起こすことがあります。
近視、正視、遠視の度数の表し方(単位はD)
正視の状態、つまり無限の先にピントが合っている状態が0Dとなり、そこが基準となります。
それより手前にピントが合っている状態を近視といい、マイナス~Dとなります。マイナスの度数が強いほど、手元近くにピントが合っています。(例:-3.00D、-5.00Dなど)
遠視の状態は、プラス~Dとなります。(例:+1.00D、+2.50Dなど)プラスの度数が強いほど、どんどん明後日の遠くの方にピントが合っていきます。
乱視とは
縦方向と横方向(細かくは、片方に対して90度ずれている方向であればいずれでも可。つまり斜め方向もあります。)に、ピントの位置が異なっている状態です。
縦と横でずれているので、片方の向きに対してもう片方の向きのぼやける程度が強くなっています。ピントの位置ずれは、手元(近視)も遠く(正視)も明後日の方向(遠視)もあります。
全員どれかには該当する
すべてピントの位置の問題なので、単なる個人差になり、誰もが近視・正視・遠視かのどれかに該当します。そこに乱視が重複している場合、していない場合があります。
「私は乱視なので~」という方がいますが、ほとんどの人は軽い程度の乱視はあります。程度の強い乱視の人は適切な矯正が望ましいですが、たいていの人は問題のない程度しかありません。
どれがいいのか?
現代社会では作業するときは近くを見ることが多いですが、日常生活を行う上で遠くも見えないと困ります。
子どもから30-40歳ぐらいまでの人は、正視だと眼鏡が不要なので楽です。調節力があるので手元のほうは自力で見えますし、遠くにピントがあっているので、裸眼で遠くも見えます。
一方、40歳程度を過ぎると(人により早い遅いはあります)、調節力が下がります。そうすると、正視の人は手元が見えなくなります。手元の作業などをするときは、老眼鏡が必要になってきます。
遠視の人は正視の人よりも早くに手元が見えなくなり、更に遠くも見えなくなってきます。
どれがいいかは慣れの問題もあるので、一概には言えません。
- 若いうち
→調節にて近くにはピントが合わせられるので、裸眼でいられるという意味では正視がラク。(近く~遠くまで見える)
→正視>近視・遠視 - 40歳~程度で調節力がなくなった頃
→正視だと遠くは裸眼、近くは眼鏡。近視だと遠くは眼鏡、近くは裸眼。いずれにせよ眼鏡は必要であり、生活スタイルによる。(遠視だと度数が強ければ遠くも近くもぼやける。)
→正視・近視>遠視
正視:普段は裸眼で。手元の字を見たりするときは眼鏡。
近視:普段は眼鏡で。手元の字を見たりするときは眼鏡を外す。
遠視:遠視の度数によるが、手元も遠くも正視より見づらい。度数が弱ければ遠くは見える。
結論
- ピントの位置の問題であり、個体差と考えればよい
- 正視であれば、子どもは眼鏡をかけなくてよい
- 近視は遠くを見る上では必ず眼鏡が必要
- 遠視は調節力があれば裸眼でも見える。歳をとると調節力がなくなるので、どこにもピントが合わなくなり遠くも近くもぼやける
- いずれも他に病気がなければ矯正すればよく見える状態になる(矯正すればよいので大きな問題ではない。)
〇近視は近くが見やすい目
×遠視は遠くが見やすい目
〇正視が遠くが見やすい目
〇遠視はどこも見にくい目
が正解です。
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