緑内障ガイドライン上、緑内障の定義は以下の通りです。
「視神経と視野に特徴的変化を有し、通常、眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である」(日本緑内障学会ガイドライン)
簡単にいうと、緑内障は「眼圧が原因で視神経乳頭異常、視野障害を生じている状態」をいいます。眼圧が原因ではなければ緑内障ではありませんし、眼圧が高くても視神経乳頭異常・視野障害がでていなければ緑内障ではありません。
緑内障の進行の順番
緑内障の進行は、以下の順序で進行していきます。
- 眼圧が(その人の視神経にとって)高い
- 視神経乳頭陥凹の拡大、視神経線維層の菲薄化
- 視野感度低下、視野障害
緑内障はそもそも眼圧が原因(現在眼圧のみが確実な原因とされている)なので、眼圧が高いほどよくないです。ただし、眼圧が正常範囲内(10-21mmHg)であっても、緑内障は出現します。これを正常眼圧緑内障と言います。
したがって、眼圧が正常範囲内かどうかよりも、その人の目にとってその眼圧値が高いかどうかが大切になります。その眼圧がその人の視神経にとって高い状態だと、視神経が障害されていきます。もちろん眼圧が正常範囲を超えて高いと、緑内障にはなりやすくなるので、正常範囲内かどうかも大切ではありますが、正常範囲内だからokというわけではないということです。
視神経が障害されると、視神経乳頭という部分の凹み(陥凹)が広くなっていきます。それとほぼ同時に、網膜上の視神経線維層が薄くなっていきます。
その結果、視野障害、視野感度の低下が起こります。主に視界の端のほうから光を感じにくい範囲が出現してきます。
眼圧が原因で、視神経と視野に特徴的変化をきたしたこの時点では、完全に緑内障と言える状態です。
冒頭でも言った通り、眼圧が原因ではなければ緑内障ではありません(他の病気です)し、眼圧が高くても視神経乳頭異常・視野障害がでていなければ緑内障ではありません。(高眼圧症と言います)
前視野緑内障の立ち位置
以上のことから分かるかもしれませんが、前視野緑内障(Preperimetric glaucoma: PPG)とは、
- 視神経乳頭異常・網膜神経線維の菲薄化はあるものの
- 視野障害・視野感度低下がない状態
のことを言います。ざっくりいうと、
「もう既に視神経乳頭の形状が変わるほど視神経は傷んでいるのだから、もうすぐ視野が悪くなります。」
という段階です。しかし、まだ視野障害はでていないため、「視神経は傷んではいるけどその影響は出ていない」という言い方もできます。
何とも微妙な立ち位置ですが、緑内障の定義には「視神経乳頭異常と視野障害」が記載されているので、視野障害がまだでていない段階の、視神経乳頭異常だけがある状態が、前視野緑内障というわけです。
前視野緑内障の治療方針
さて、その段階の前視野緑内障を治療するかどうかに関しては、
原則的には無治療で慎重に経過観察する.しかしながら,高眼圧や強度近視,緑内障家族歴など緑内障発症の危険因子を有している場合,特殊あるいはより精密な視野検査や眼底三次元画像解析装置により異常が検出される場合には,必要最小限の治療を開始することを考慮する.
緑内障ガイドライン第5版
と、ガイドラインにも載っている通り、基本的には経過観察になります。ただし、もうじき視野障害が出る状態であるのだから、視野障害が出ないように投薬を開始するという考えもあります。
どちらの考えでもよいのですが、その考えの方針にする際に、注意すべきことを記載しておきます。
治療派の意見
「もうじき視野障害が進行するのは明白だから、点眼薬で眼圧をさげておき、少しでも進行しにくくしておくべき」
治療派の意見としては、上記のようなものになると思います。
たしかに少しでも緑内障の進行を抑えることを目的とするのであれば、緑内障点眼を開始したほうがよいでしょう。緑内障は日本における失明原因の第一位であり、それだけ重要な疾患でもあります。
極端なことを言えば、健康な人を含めすべての人が緑内障点眼を使えば、眼圧が下がるので緑内障になる人は減るし、緑内障による失明や視覚障害は減るでしょう。
点眼薬を開始するにあたっては注意が必要です。注意点としては以下の二つになります。
- 視神経乳頭異常・網膜神経線維の菲薄化の原因が眼圧であること
- 長期間視野障害が進行しない場合に、点眼治療の中止を検討すること
①眼圧が原因であること
視神経乳頭異常、網膜神経線維層の菲薄化は、緑内障以外でも起こります。眼圧が原因でなければ緑内障ではないため、緑内障点眼を使用していても意味がありません。それを、「点眼薬の効果のおかげで視野障害が進行していない」と勘違いされても無駄な治療をしているだけということになります。
②点眼薬の中止を検討できること
投薬を開始しその後に緑内障の進行がない場合、投薬によって進行を予防できているのか、それとも投薬しなくても進行していなかったのか、を判断したほうがよいです。投薬しなくても進行していないのであれば、これも同様に無駄な治療をしているだけになってしまいます。
緑内障の進行がない場合に治療を弱める、中止を検討することは緑内障診療ガイドラインにも記載されています。このことを検討しないで点眼薬を処方し続けるのは、先ほど述べた極端な例と同じで、あやしい人には全員治療する、要するに「何も考えていない」治療をしていることになります。
経過観察派の意見
「眼圧が高いことが困るのではなく、視野障害が強く出ることが困るのだから、視野障害が出ていない状態に治療は不要」
経過観察派の意見としては、上記のようなものになると思います。
たしかに、視野障害がない前視野緑内障の段階から、少し視野障害が出始めたところで、ほとんどの場合、生活に困ることもなく、見え方に困ることもありません。緑内障の治療をする目的は、視野障害によって困らないようにすることです。
治療というものは、現時点で困っている人と、今後困る可能性がある人に予防的に行うものです。極端なことを言えば、緑内障が少し出始めて視野障害があっても困ることはほぼないので、視野障害が出てから治療を開始すればよいということです。
経過観察でフォローするには場合に必要な注意は以下のことになります。
- 視野障害がでないか定期的にフォローすること
前視野緑内障の患者さんが、医者に「まだ大丈夫」と言われたことによって、眼科通院をしなくなってしまい、しばらくして戻ってきたら緑内障がかなり進行していた、というような事態にならないようにすることが大切です。
緑内障は進行したらもとには戻りませんので、そうさせないことが大切です。なので、手遅れにならないように慎重に経過を見ていく必要があります。もしこのような事態になってしまった場合、それによる不利益の方が大きいため、やはり点眼薬をだして細かく診察していたほうがよかった、となりかねません。
まとめ
- 前視野緑内障の方針は、原則的には無治療で慎重に経過観察(ガイドライン上)
- 治療を開始する場合も、経過観察する場合も、注意深く診療する必要がある
あなたはどっち派でしたでしょうか?
私は断然、経過観察派です。
自分が前視野緑内障だとしても、毎日の点眼が結構負担になるので経過観察のほうがいいですね。
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