眼科領域で古くから使われている点眼薬、ピレノキシンというものがあります。
同様の薬剤として、カタリン、カリーユニ(こちらは製造終了、というか名称変更)があります。
これらの点眼薬は眼科医であればほぼ全員が1度は処方を経験しているか、自身で処方せずとも少なくとも1度は患者さんの処方歴にて目撃したことがあるくらい一般的な薬剤です。
しかし具体的にピレノキシンがどれだけ白内障の進行を予防し、どれだけ意味がある薬剤か詳しく知っている人は多くはないかもしれません。
ということで調べてみました。
ピレノキシンの歴史
1958年に初めて生産され、現在日本では広く使われており、日本に限らず世界の多くの地域で入手可能なようです。
しかしその有効性は以前として議論の余地があり、白内障治療の標準薬とはなっていません。
日本においては、安価で簡単に手に入る薬剤となっています。
ピレノキシンの研究の少なさ
医学文献検索サービスであるpubmedで、”Pirenoxine”(ピレノキシン)と入力して得られる文献は計たったの40件。
reviewが1件に、RCT(ランダム化比較試験)が1件のみ。
非常に少ないです。
さらにここ10年では、12件の論文しか出ていません。
それだけ興味が持たれておらず、重視している眼科医がいないピレノキシンですが、頻繁に処方されているのも事実です。
今回は以下のレビューの内容を確認してみました。
ピレノキシンの薬理効果
- 初期老人性白内障
に対して使われます。
白内障は酸化ストレスを始めとした、様々な影響で生じてきます。(以下の水晶体の代謝で一部述べています。)
ピレノキシンは、
- 酸化阻害(グルタチオン、アスコルビン酸関連)
- カルシウムイオンのキレート(αクリスタリン、シャペロン活性に関与)
- セレンイオンのキレート(カルシウム、活性酸素、グルタチオン)
- 還元型クリスタリンのチオール基の保護
などの作用を有し、
水晶体の混濁を抑制し、加齢性の白内障の進行を遅らせるという研究結果があります。それらの研究では、60歳未満の人により効果的であるとされています。
一方で、白内障予防に効果がないとされる研究報告もあります。
皮質白内障に対して効果をもたらす可能性があり、糖尿病性の白内障にも効果がある可能性がある一方、先天白内障には効果がないようです。
ピレノキシンの薬価、コストパフォーマンス
- 薬価 64.9円(5mL 1瓶)
- 使用方法 1回1-2滴を1日3-5回点眼
→合計1日3~10滴(片眼の場合)、6~20滴(両眼の場合)
5mLの点眼ボトルは約100滴分ですので、両眼で使う場合、5日~2週間強で1本なくなることになります。
つまり、1か月に2~6本消費する計算ですね。
とはいえ、1回2滴で一日5回付ける人は多くはないと思うので、1か月2本としておきます。
1年間で24本です。1560円です。
50歳から始めて30年間付けていたとしましょう。46800円です。
年齢によって変わりますが、その金額の1~3割を支払うことになります。
一方、白内障手術の保険点数は、通常であれば12100点(121000円)です。
もし、ピレノキシン点眼で、生涯白内障による視力低下や、QOLの低下が見られないのであれば、薬剤費用VS手術費用だけで見ると、点眼治療のほうが1/3程度の金額になります。
しかし、通院の費用と時間の負担を考えると、単純に点眼薬のほうが安いとは言えません。
白内障手術を受けるのであれば点眼は不要?
白内障は基本的に歳をとるとなります。
しかしその程度はさまざまで、白内障の治療をしていない90代の人でも、視力が低下していない、日常生活に困らない視力が維持できている人はいらっしゃいます。
生涯白内障手術治療を受けるつもりがない人で、その一助とする目的で点眼を使う分にはアリかもしれません。
しかし、結局白内障手術をすることになるのであれば、それまで点眼してきたことはあまり意味がなくなってしまいます。
具体的には、それまでピレノキシン点眼をしてきた期間の
- 点眼薬の費用
- 通院費用
- 通院にかけた時間
- 日々の点眼の手間
といったことは、”白内障”のみを考えれば無駄と言えます。
こういったことを考えると、
白内障手術が不要となるほどの効果がある薬ならともかく、ある程度効果はあるにせよ確実でないという研究結果や、こと日本においては簡単に白内障手術を受けることができるという点からは、あえて処方を勧めるような薬ではないと個人的には思います。
私自身、自ら新規に処方するようなことはほぼしない薬ですね。
白内障は世界的には失明原因の上位
これはとても大切なことなのですが、簡単に良好な医療を受けられる日本においては、白内障はほとんどの人が手術で治療が可能です。
治療さえ受けることができれば、白内障が原因で失明することはまずありません。
しかし、世界的には、主に発展途上国においては、施設・設備・移動手段・費用などの面で治療を受けられない人が多くおり、白内障が視力低下の原因の上位を占めています。
そのような国において、もし、現地の人に点眼薬が行きわたるのであれば、有用性があると言えるかもしれません。
とはいえ、世界にはそのような人が億単位でいるので、点眼で対応できるのはそのうちのほんのわずかだと思います。
持続的に白内障手術が受けられる環境を整える方が、通院や日々の点眼などの手間もかからないため、大切かなと思います。
まとめ
- ピレノキシンは水晶体の皮質混濁を遅らせる、回復させる可能性があるが、決定的ではない
- 薬剤費のみで考えれば30年間使っていても白内障手術の費用より安い(通院などの費用は考慮せず)
- いずれ白内障手術を受ける可能性があるのであれば使用はオススメしない
- 生涯白内障手術を受けるつもりがない人が、その進行予防の一助として使う分にはアリといえばアリ
- しかし簡単に白内障手術を受けることができる日本においての有用性は低い
- 一方、白内障が視力低下の上位を占める発展途上国などにおいては、有用性はあるかもしれない
そもそも毎日3回の点眼を、多少忘れても大した影響はないですが、何年も何十年も続けていくということがどう考えても手間ですし、そのために通院すること、その時間を割くことのほうがもったいないと思ってしまいます。
外科的な発想かもしれませんが、個人的にはシンプルに、「白内障になったら手術をしよう」で終了です。
コメント