硝子体注射後の無菌性眼内炎と感染性眼内炎の違いをまとめました。
抗VEGF薬の硝子体注射が頻回に行われるようになった現在において、以前は感染性眼内炎が重症な合併症として重要でしたが、ブロルシズマブ(ベオビュ®)が登場してからは無菌性の眼内炎症(intraocular inflammation:IOI)(無菌性眼内炎)というワードが出現してきました。
IOIと感染性眼内炎(基本的には細菌性眼内炎)の鑑別は非常に重要なので、文献から引用しつつまとめていきます。
眼内炎の比較まとめ表
はじめに、眼内炎のまとめ比較表を載せておきます。
引用:抗VEGF薬に関連した感染性/非感染性眼内炎症|臨床眼科 76巻 5号 pp. 581-588(2022年05月)
ブロルシズマブだけ頻度が異常に高いので、上記表では無菌性眼内炎とは別でまとめられています。
詳細に関しては以下で書いていきます。
感染性眼内炎、無菌性眼内炎とは?
まず、感染性の眼内炎と、無菌性眼内炎の概要を記載しておきます。
感染性眼内炎
感染性眼内炎は、感染が原因です。基本的には細菌が多いですが、真菌やウイルスが原因の炎症も感染性です。
「何が」感染しているのかが大切であり、細菌であれば細菌性眼内炎、真菌であれば真菌性眼内炎、ウイルス性であれば急性網膜壊死(VZVやHSV)などの病名があります。
治療は感染物に対する治療が基本です。細菌であれば抗生物質、真菌であれば抗真菌薬、ウイルス性であれば抗ウイルス薬となります。
ステロイドは炎症所見が強い際は併用することもありますが、免疫抑制により所見を悪化させる可能性もあります。また、消炎作用により感染がおさまったように見える(治ったように見える)が治っていないこともあるため、ステロイドの使用には注意が必要です。
急性網膜壊死ではステロイドと抗ウイルス薬を併用することが一般的です。
無菌性眼内炎、非感染性眼内炎、眼内炎症(intraocular inflammation:IOI)
薬剤の硝子体注射によって起こる、無菌性の眼内の炎症です。菌や真菌などは関与せず、感染ではありません。
したがって治療も抗生剤ではなく、ステロイドによる消炎治療が基本です。原因が感染ではないので、抗菌薬や抗真菌薬、抗ウイルス薬は使っても意味がありません。あえて使うとすれば、ステロイドによる免疫抑制による感染予防のために使うことがあります。(使う使わないは医者によります)
無菌性は感染が原因ではなく、薬剤(実際に薬理作用を持つ薬剤、配合物など)に対する反応によって起こるとされます。
白内障術後に生じることのあるTASSも同様に無菌性です。
感染性か非感染性かでは、治療方針が異なります。ステロイドを使う上では非感染性であることを確認することが基本です。
また、IOIというと日本語訳としては「眼内炎症」となります。眼内炎症という言葉は、「眼内に炎症がある状態:前房cell、硝子体cell、硝子体混濁、網膜血管炎などの所見あり」を指し、無菌性眼内炎・非感染性眼内炎とはニュアンスが微妙に違う感じがあります。
硝子体注射後に起こる眼内炎症に関しては、ブロルシズマブによる発症が多く、
- 眼内炎症のみ
- 網膜血管炎を伴う眼内炎症
- 網膜血管閉塞を伴う眼内炎症
と分けられていることが多いです。(他剤ではあまり分けられていません)
硝子体注射後の感染性眼内炎、IOIの頻度
硝子体注射後の感染性眼内炎の頻度
- 細菌性眼内炎の発症率:0.028~0.056%(約2000~3500人に1人)
- 感染性眼内炎の発症率: 0.008~0.092%(約1000人~10000人に1人)や、0.013~0.083%(約1200~8000人に1人)
報告によって差がありますが、「3000~5000人に1人程度に起こる」と考えてよいです。
硝子体注射後のIOIの頻度
硝子体内に注射する治療(抗VEGF薬やステロイド)では、IOIを生じる可能性があります。
- ブロルシズマブ
- IOI全体は日本人で12.9%(13/101)、網膜血管炎9.9%(10/101)、網膜血管閉塞4.9%(5/101)
- 日本人以外ではIOIが4.6%(50/1,088)、網膜血管炎3.3 %(36/1,088)、網膜血管閉塞2.1%(23/1,088)
- アフリベルセプト
- 729 眼中 8 眼(1.1%)
- ベバシズマブで 0.081~0.10%
- ラニビズマブで 0.005~0.02%
- アフリベルセプトで 0~0.16%
添付文書に記載の頻度
- ファリシマブ(バビースモ®):眼内炎症(ぶどう膜炎、硝子体炎等)(1.0%)
- ブロルシズマブ(ベオビュ®):眼内炎症(ぶどう膜炎等)(2.8%)
- アフリベルセプト(アイリーア®):眼内炎症(記載なし)
- ラニビズマブ(ルセンティス®):眼内炎症(記載なし)
報告によりばらつきがありますが、
硝子体注射薬剤によるIOIは、
- ブロルシズマブ:4.6%(約50人に1人)、日本人は12.9%(約8人に1人)
- アフリベルセプト:0~1.1%(100人に1人以下)
- ラニビズマブ:0.005~0.02%(5000人に1人以下)
- ベバシズマブ:0.081~0.10%(1000人に1人以下)
という感じになります。ブロルシズマブだけ非常に高い確率で生じる可能性があります。なお、ブロルシズマブのIOI発症頻度に関してはAMDに対する注射での頻度です。他の疾患(糖尿病黄斑浮腫)に対しての頻度は多少変わる可能性もあります。
感染性眼内炎とIOIの発症率の比
無菌性眼内炎と頻度を比較すると、ベオビュだけは無菌性の頻度のほうが圧倒的に多く、その他の薬剤も無菌性の頻度のほうが高いことが多いです。先ほど記載した内容(以下)
- ブロルシズマブ:4.6%(約50人に1人)、日本人は12.9%(約8人に1人)
- アフリベルセプト:0~1.1%(100人に1人以下)
- ラニビズマブ:0.005~0.02%(5000人に1人以下)
- ベバシズマブ:0.081~0.10%(1000人に1人以下)
と比較して、細菌性眼内炎の頻度を5000人に1人(0.02%)とすると、発症頻度の比を取ると
ブロルシズマブ
感染性:無菌性=1:100(日本人は1:600)
アフリベルセプト
感染性:無菌性=1:50
ラニビズマブ
感染性:無菌性=1:1
ベバシズマブ
感染性:無菌性=1:5
程度になります。
感染性眼内炎とIOIの発症時期
- 感染性眼内炎の発症時期:注射後 1 週間以内に発症する(平均 3~4 日)
- ブロルシズマブ硝子体注射後の眼内炎症: 7~56 日(日本人では 10~36 日)
このことに関しては、硝子体注射後のフォロー時期などによって変わる可能性があります。
感染性眼内炎の場合は基本的に無治療では改善せず、悪化します。遅発性などでなければ進行は急激であり、患者さんもおかしいと気づき受診することが多いです。
一方、ブロルシズマブ硝子体注射後の眼内炎(IOI)に関しては、程度が弱いものは経過観察で治りますし、改善しないものに関してはステロイドの点眼やテノン嚢下注射などを行いますが、程度が弱ければ患者さんは次回来院予定日に来ることが多いです。その際に少し症状があったり所見があったりしてIOIを発見するわけですが、発症時期はもっと前の可能性があるわけです。
感染性眼内炎とIOIの症状
- 感染性:視力低下(ほぼ100%)、眼痛(ほぼ 100%)、結膜充血・前房蓄膿を伴う虹彩炎・硝子体炎(ほとんどの症例であり)
- 無菌性:霧視、飛蚊症が多い、眼痛(約46%)(眼痛の程度は軽度~中等度で、強い痛みは 10%未満)、結膜充血(10%)、前房蓄膿(4%)
- 感染性眼内炎で 80%以上にみられる前房蓄膿やフィブリン析出が、無菌性眼内炎では 0〜4%と少ない
症状、所見としては感染性のほうが激しく生じることが多いということになります。
感染性眼内炎とIOIの治療
感染性(細菌性)は基本的には抗生剤治療ですが、多くの場合は重症であり硝子体手術が必要となります。抗生剤点眼、点滴で落ち着く場合は感染性眼内炎としてはかなり軽微な部類に入ると思われます。
無菌性眼内炎の治療は、ステロイドです。網膜血管炎、血管閉塞などを伴う際にはステロイドテノン嚢下注射なども行います。
総合的にみて、重症度で言えば感染性のほうが重症です。
感染性とIOI、どちらを疑い優先すべきか?
ブロルシズマブによる網膜血管閉塞を伴う眼内炎を除けば、重症度でいうと圧倒的に感染性のほうが重症です。そして、感染性は進行が早いです。
治療遅れが視力予後などに影響する可能性もあるため、頻度は少なくともまずは重症な感染性から疑いましょう。注射薬剤がブロルシズマブであり血管閉塞を認めるようであればこちらも早めに治療を行いましょう。
ブロルシズマブが登場以来、IOIのワードが広まって認知されつつありますが、いきなりIOIを疑ってステロイド加療のみを行うことは、感染を悪化させる可能性もあるため十分に注意する必要があります。
まとめ
- 感染性眼内炎は超重症で緊急性が高い
- 無菌性眼内炎は程度によるが重症となることもある
- ブロルシズマブによる眼内炎症は他の抗VEGF薬と比べ異様に高い
- 前房蓄膿やフィブリン析出などは、ブロルシズマブ硝子体注射後の眼内炎では少ない
硝子体注射治療を行っている施設において、眼内炎は頻度は少ないものの経験する合併症です。
それが感染性なのか、無菌性なのかで治療の方針も異なります。頻度としては無菌性が多いですが、重症度としては感染性です。まず、感染性を疑って否定することが大切です。
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