急性網膜壊死(acute retinal necrosis:ARN)は、約半数の人が網膜剥離(しかも重症な)になるウイルス性網膜感染症です。
ARNはもともと1971年に日本においての浦山らにより報告された疾患で「桐沢型ぶどう膜炎」とも呼ばれていました。(臨床眼科、1971;89:607-17)
欧米では1982年に初めて同様の疾患が報告されています。(Am J Ophthalmol, 1982;89:1309-16)
今回はこの超重症ウイルス性網膜感染症である急性網膜壊死について、教科書的な内容、治療から、レビューを踏まえた内容を記載します。
疫学
疫学などの基礎事項のまとめです。
- 全ぶどう膜炎における割合は1.3-1.7%(2002年,2009年,2016年 全国ぶどう膜炎疫学調査)
- 高齢者→VZV多い、若年者→HSV多い
- 免疫健常者、免疫不全者どちらにも発症するが、免疫健常者のほうがやや多い(免疫健常者52%、免疫不全者39%)
- 免疫健常者のほうが免疫反応により劇症化しやすい
- 約半数は網膜剥離に至る(47%)
- VZVのほうが重症化しやすい(RD率 HSV37%、VZV46%)
所見
- 多くは片眼性で
- 初期には虹彩炎(前部ぶどう膜炎)が先行する
- 肉芽腫性ぶどう膜炎で豚脂様角膜後面沈着物などを認める
- 多くの例で高眼圧を呈する(約30%)
→サルコイドーシスやポスナーシュロスマン症候群との鑑別を - 閉塞性網膜血管炎(動脈→静脈→毛細血管→白線化)
- 壊死性網膜炎(顆粒状黄白色病変の拡大・癒合、網膜出血、網膜菲薄化)
- 硝子体混濁、器質化
- 硝子体牽引、裂孔原性網膜剥離(壊死網膜からの裂孔形成→裂孔原性網膜剥離となる)・・・47%
- 滲出性網膜剥離を生じることもある(黄斑部浮腫)
- 治癒後に免疫回復ぶどう膜炎(IRU:immune recovery uveitis)を生じることがある
進行性網膜外層壊死
進行性網膜外層壊死(PORN:progressive outer retinal necrosis)の壊死性網膜炎はAIDSなどの免疫不全患者へのVZV感染(ごくまれにHSV)で生じる、免疫機能低下により炎症反応を生じることなく直接網膜外層が障害される。
→前房、硝子体の炎症が軽度もしくは認められない。閉塞性網膜血管炎がほとんど認められない。
慢性網膜壊死
免疫不全患者に生じるサイトメガロウイルスによる慢性タイプのものは、慢性網膜壊死(CRN:chronic retinal necrosis)(詳しい説明読んでないですが、さっと見た感じだとサイトメガロウイルス網膜炎との違いが不明。CMV網膜炎は劇症と普通のがありますが、普通のはゆっくり進行して網膜は血管炎とともに障害されて菲薄化します)
CRN, a new disease that was first described in 2013, is a slowly progressive occlusive vasculitis and granular retinitis in immunocompetent hosts. Its association with CMV-related inflammation is suspected.
ってそのまんまサイトメガロウイルス網膜炎かと。
CMV網膜炎
CMV網膜炎は免疫不全患者に多く、劇症型でなければ進行は緩徐であり、特徴的な網膜炎所見から鑑別は可能(劇症型の場合はこの限りではない)
原因
水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)、単純ヘルペスウイルス(HSV-1, HSV-2)による感染
診断
前房液や硝子体液のPCR検査などでHSVやVZVを認め、上記所見を認めれば診断するが
急速進行性の重症疾患のため、PCRの結果が出る前から疑わしい場合は即座に治療を開始する
従って基本的には、臨床所見から臨床診断して、後々確定診断する。
診断基準
多くは劇症の経過をたどるので、臨床的に診断することが多いです。
一応、診断基準があるようです。(知らなかった)
診断基準
所見
- 前房細胞または豚脂様角膜後面沈着物
- 1つ以上の網膜黄白色病変が周辺部網膜に存在(初期は顆粒状、斑状→次第に癒合する)
- 網膜動脈炎
- 視神経乳頭発赤
- 硝子体混濁
- 眼圧上昇
経過
- 病巣が急速に円周方向に拡大
- 網膜裂孔、網膜剥離
- 網膜血管閉塞
- 視神経萎縮
- 抗ヘルペス薬に反応する
眼内液検査
- 前房水または硝子体液のPCR法などでVZV, HSV-1, HSV-2のいずれかが陽性
確定診断群
所見の1と2が必須、経過のうち1項目と眼内液基準を満たす
臨床診断群
所見の1と2が必須でその他に2項目、経過のうち1項目を満たす(眼内液は問わない)
眼内炎症、網膜所見とその進行、PCR+で診断できるので簡単です。(確定診断)
臨床診断も、「所見」の項目はだいたいありますので簡単に診断できます。
要するに、一度でも見たことがあれば、この診断基準ってARNで見られる所見を書いただけだねという感じですので、診断基準を気にせず診断できると思いますが、一応載せておきました。
治療
保存的治療と外科的治療
点眼
ぶどう膜炎の治療を行う
:ステロイド点眼、散瞳薬点眼(虹彩癒着防止)、眼圧下降点眼など
全身
- ステロイド内服(0.5-1.0mg/kg)
- 全身抗ウイルス薬(点滴が多いが、内服でも可。有意差なし)・・・アシクロビル10mg/kg 8時間毎(全身状態を考慮する)やアメナリーフ内服など
- バイアスピリン(閉塞性網膜血管炎に対して)
手術
裂孔原性網膜剥離に対する手術もしくはその予防としての手術
硝子体手術が基本だが、バックリングやエンサークリングの強膜内陥術や、それらの併用が行われる
予防的硝子体手術では、網膜剥離の発症を減らすことができるが、増殖硝子体網膜症(PVR)の発症率をあげる
レビューによる数値化まとめ
途中にも数値を記載していましたが、改めて下でまとめます。
参考レビューは、RETINAL DETACHMENT AFTER ACUTE RETINAL NECROSIS AND THE EFFICACIES OF DIFFERENT INTERVENTIONS A Systematic Review and Metaanalysis(Retina: May 2021 – Volume 41 – Issue 5 – p 965-978)
こちらのレビューでは、1982年から2020年までに報告された計67の研究、1811人の患者のデータをもとに作成されています。欧米での初期の報告が1982年なので、かなりの数が含まれている内容かと思われます。
- ARNにおける網膜剥離の発生率は47%
- 初診時におけるRDである確率2%
- RD発生率は、HSV37%、VZV46%
- 免疫健常者52%、免疫不全者39%
- 抗ウイルス療法は網膜剥離を67%→43%へ低下
- 予防的硝子体切除術は網膜剥離を45%→22%へ低下
- 両者併用では網膜剥離を最大18%まで低下
- シリコンオイル併用がよい
- 予防的硝子体切除術は、PVRの発生率を7%→32%に増大
- 予防的レーザー、硝子体内抗ウイルス療法の有効性は限定的
- 予防的レーザーは網膜剥離を37→34%へ増加
- 硝子体内抗ウイルス療法は網膜剥離を41→43%へ増加
- 静脈内抗ウイルス療法と経口抗ウイルス療法は、網膜炎の退縮と対側眼の予防において同等の有効性
- 網膜の壊死、虚血の結果、網膜裂孔が形成され、硝子体の収縮、膜構造の形成がRRDに関与
- 滲出性RDは活動性の高い急性期に生じることがある
まとめ
- 急性網膜壊死は眼科の超重症疾患
- (重症)網膜剥離の合併が約50%
- 重症具合はVZV>HSV
- 免疫正常者のほうがやや多く重症(免疫不全者にも起こる)
- 抗ウイルスは点滴でも内服でも可
- 剥離になったら手術治療だが難症例
- 予防的硝子体手術は剥離を減らせるが、PVRを増やすので、どうするかは難しいところ
ごく初期の診断は難しいですが、急速に進行するので次見たときに悪化していたら診断可能です。
初期の段階で、次のフォロー間隔をあけすぎないことが大事です。
所見が典型的な場合はすぐに前房水を採取しPCRへ、そのまま入院で治療開始です。
予防的硝子体手術は有効性がありますが、硝子体網膜界面の癒着などから難易度が高く、増殖硝子体網膜症の頻度を上げ逆に重症化させるリスクもあるため、手術可能な医師がいるかどうかと、その医師の判断によるかと思います。
強い網膜障害を残すことが多いので、視力予後はかなり悪い印象ですが、強い障害を残すことなく改善するケースもあります。
眼部帯状疱疹は比較的頻度の高い疾患です。
多くは眼瞼周囲でとどまり、眼瞼腫脹・結膜炎程度が多いですが、眼内炎症を生じていることもしばしば認めます。
眼部帯状疱疹が急性網膜壊死にどのくらい関与するかは不明ですが、経験的にはちらほらいます。
進行がかなり速いため、眼部帯状疱疹を見たら問題なくても翌週には再診したほうがよく、眼内炎症を認めていたら数日後にはもう一度診たほうがよいと思っています。
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