散瞳禁忌と縮瞳禁忌の病態・疾患を、解剖学的・病態生理的に考察します。
瞳孔作動薬とその効果・副作用・治療意義の要点は、以下のようになります。
- 散瞳すると虹彩根部に虹彩が寄り厚くなり、線維柱帯を覆うと閉塞隅角緑内障を発症する
- (副交感神経麻痺薬で)散瞳すると毛様体筋を弛緩させチン小帯を緊張させ、水晶体が後方移動し前房が広がる
- 縮瞳すると、上記二つの逆の反応(水晶体前方移動と虹彩の菲薄化)が起こる
- 瞳孔をたくさん動かすと多少なりとも炎症が発生する
- 眼内炎症が強いときに瞳孔を動かさないと虹彩が周囲と癒着する
瞳孔管理薬で生じる変化
散瞳・縮瞳は、瞳孔散大筋と瞳孔括約筋の2つの筋が相互的に働くことで生じ、それぞれを刺激するか麻痺させるかで反応が生じる。
また毛様体筋に効果があるということが大事で、毛様体筋は副交感神経が刺激されると収縮し、チン小帯が弛緩することで水晶体が前方移動し、近視化を生じる。(調節)
薬理に関して詳しくはこちらを参考にしてください。
アトロピン、ミドリン、シクロペントラートは副交感神経麻痺薬、ピロカルピン、アセチルコリンは副交感神経刺激薬なので、瞳孔に作用するだけでなく、毛様体筋にも作用し、反応を生じるということ
ネオシネジンではα1選択的交感神経刺激薬であり、瞳孔散大筋に作用させて散瞳させるだけで、毛様体筋には作用しないということがポイントです。(毛様体筋はアドレナリンβ受容体)
散瞳による変化
副交感神経麻痺薬薬での散瞳させる場合、以下の変化が起きます。
- 瞳孔径が広がる
- 虹彩が周辺部に寄る(虹彩根部に肥大化)→隅角を狭める
- 毛様体輪状筋麻痺による弛緩→チン小帯の緊張→水晶体の後方移動→前房深度を深くする(遠視化)
ここで伝えたいのは、②と③は「虹彩根部の厚みによる隅角を狭めつつ、前房深度を深くすることで隅角を開大している」ということで、隅角に対しては相反する微妙な反応が起きているということ。
隅角を閉塞させやすい反応が起きている一方、閉塞させにくい変化が起きているということ。
縮瞳による変化
- 瞳孔径が狭まる
- 虹彩が引き延ばされ菲薄化する→隅角はスペースができる
- 毛様体筋(輪状筋)刺激による収縮→チン小帯の弛緩→水晶体の前方移動→前房深度を浅くする(近視化)
- 毛様体筋(縦走筋)刺激による収縮→線維柱帯けん引→主流出路抵抗低下→眼圧低下
同様に、②と③は「虹彩根部を薄くして隅角を広げつつ、前房深度を浅くすることで隅角を狭窄している」ということで、こちらも隅角に対しては相反する微妙な反応が起きているということ。
一般的な散瞳・縮瞳の禁忌についての考察
ここで、一般的に言われる禁忌を添付文章を参考に考察してみます。
散瞳薬(トロピカミド)
緑内障及び狭隅角や前房が浅いなどの眼圧上昇の素因のある患者[急性閉塞隅角緑内障の発作を起こすおそれがある。]
添付文書より
→これは「散瞳して虹彩根部が肥大化することで隅角を閉塞する可能性がある」ということを言っています。
眼科医は皆知っている常識的な理由です。
でも待って?毛様体筋にも働き毛様体筋を弛緩させチン小帯を緊張させ、水晶体が後方移動し前房が広がるのなら、隅角閉塞する可能性は下がるのでは?と思うはずです。後述します。
縮瞳薬(ピロカルピン)
虹彩炎の患者[縮瞳により虹彩の癒着を起こす可能性があり、また炎症を悪化させるおそれがある。]
添付文書より
→隅角に関しての記載はないです。
ピロカルピン自体が炎症を増悪させるのか否かは不明ですが、虹彩がたくさん動けばわずかなcellは出るという意味では炎症が出ます。
癒着に関しては、「炎症が強い中で瞳孔を動かさないでそのままにしておくと癒着する」という点で
ピロカルピンは水晶体前方移動効果があることから水晶体と虹彩間の距離が近づきより癒着を起こしやすくする可能性が考えられます。
もう一つの考察では、瞳孔の正常値は2.5-4.0mm程度と言われ、瞳孔径<2mmを縮瞳、瞳孔径>5mmを散瞳と言います。
瞳孔径が2.5mmの人が縮瞳した場合どう頑張っても瞳孔径1mmまでにしかならず、瞳孔の大きさの変化では最大1.5mm程度しかありません。
一方、散瞳では4.0mmの状態から角膜径11mmの内のかなりの割合、健康な人であればだいたい8mm程度までは散瞳します。つまり散瞳での瞳孔の大きさの変化は4mm程度で、縮瞳よりも動く範囲が大きいわけです。
すなわち縮瞳では瞳孔径があまり変化しないことで癒着を引き起こす可能性があると考えられる。
疾患と隅角の解剖学的変化
さて、ここからは疾患毎に禁忌となる理由を考察します。
まずは正常の眼球と隅角のイラストです。
毛様体から生成された房水が、後房から前房へ流れ、隅角の線維柱帯を通って、目の外へ流れ出ていきます。
単純な浅前房
散瞳が注意、程度によって禁忌になります。
浅前房は、そもそもが目が小さく(遠視)目の構造が詰まっていると、前房も狭く隅角も狭くなります。
そこに加齢性変化で白内障が進行すると、水晶体が膨隆してくるため、さらに前房を狭くし、急性緑内障発作のリスクを高めます。
この場合は、単純に「散瞳させないほうがよい」ということになります。
散瞳薬は毛様体筋にも働いて水晶体を後方移動させるのになぜ?となりますが、おそらくそれほど水晶体が後方移動しないのだと思います。
ということでしょうか。
この場合は白内障手術をすることが緑内障のリスクを下げます。
悪性緑内障
縮瞳禁忌で有名なのが、「悪性緑内障」です。
悪性緑内障は房水の流れが硝子体方向に流れてしまい、硝子体圧上昇により水晶体・毛様体が前方に押され浅前房、閉塞隅角を来し生じる高眼圧・緑内障である。
なぜ悪性緑内障は縮瞳禁忌なのか。
後房圧(硝子体圧)がパンパンになって前房がつぶれ、そのまま房水の出口も閉ざされ、非常に高い眼圧となります。
縮瞳させると虹彩は菲薄化しますが、毛様体輪状筋が収縮しチン小帯が弛緩して、硝子体圧に押され水晶体が前方移動し、さらに前房が浅くなってしまうため、禁忌となります。
この場合はアトロピンを使って、散瞳させます。
散瞳させることが目的というよりも、毛様体筋を麻痺させることが目的です。(散瞳させるだけなら隅角閉塞を悪化させるため)
毛様体輪状筋麻痺して弛緩し、チン小帯が緊張することで、水晶体を引っ張って後方移動させ、前房深度を深くします。
ただしこれ、硝子体圧が非常に高い本疾患において、その圧に対抗して水晶体を後方へ移動させることができるのか疑問ではありますが。
また、この疾患に特有の「毛様体の前方回旋」というワードがあるように、硝子体圧で毛様体も前方に押され、水晶体間の距離が近くなり、チン小帯は弛緩して、水晶体が硝子体圧で前方に押されていると思われます。
毛様体剥離
もう一つ浅前房化を起こす代表的なものです。毛様体剥離はさまざまな原因で生じます。
脈絡膜のみであれば脈絡膜剥離、毛様体までくれば脈絡膜毛様体剥離などと言います。
原因
- 特発性:uveal effusion
- 続発性:低眼圧、脈絡膜循環障害、炎症、外傷など
続発性の炎症性では原田病が有名ですが、その他脈絡膜炎を起こすぶどう膜炎では生じ得ます。
また他に、急性腎不全後の急激な低Alb血症など、浸透圧差による体液移動で毛様体浮腫が起こることがあります。
毛様体剥離によって生じること
毛様体剥離→毛様体が内側(水晶体側)に偏位→チン小帯弛緩→水晶体前方移動→浅前房化・近視化→隅角閉塞
毛様体剥離の場合は、眼圧の状態によって対応が異なります。
低眼圧の場合
毛様体の房水産生が非常に落ち着ちている場合や、緑内障術後で過剰に濾過されている場合があります。
眼圧が上がって欲しいので、隅角はどうでもよいです。むしろ閉塞して上がるものなら一時的には閉塞した方がよいと思います。
眼圧を上げるために前房内粘弾性物質の注入や、緑内障術後の場合は強膜弁の閉鎖などを行います。緑内障術後の低眼圧に関しては、瞳孔作動薬についての記載は見当たりませんでした。
高眼圧の場合
房水産生はある程度行われているため眼圧が正常~高いということのはずです。
房水が産生されなかったら眼圧は上がりようがないですから。すなわち、この場合は隅角が閉塞すると緑内障発作が起こりかねません。
この場合、毛様体剥離では散瞳させるべきなのか、縮瞳させるべきなのか。散瞳・縮瞳どちらも最初に述べたように、隅角を広げる作用と隅角を狭める作用があります。
答えが載っている書籍はほとんどないのですが、原田病では散瞳薬を使うという文献を過去に見た記憶があります。勿論虹彩癒着を予防する意味もありますが、原田病で浅前房になっている場合でも使うようです。
確かに毛様体剥離ではチン小帯が弛緩しているので、散瞳薬で毛様体を弛緩させてチン小帯を緊張させ、水晶体を後方移動させるという原理は理にかなっていると思います。
考察
以上のことから、これらの病態を考えていく上で、何が大事かと考えると
- チン小帯が弛緩しているのか否か(水晶体を動かせる分のチン小帯の緩みがあるのか)
- 硝子体圧が高いのか否か(水晶体を圧に抗って動かすことができるのか)
ということになってくると思います。
単純な浅前房では、チン小帯の弛緩はないのでチン小帯の緊張による水晶体移動効果が乏しく
「散瞳による虹彩根部の膨隆>縮瞳薬による水晶体後方移動による前房深化」になるのではないかと思います。
一方、チン小帯が弛緩して前房が浅い病態では、チン小帯を緊張させて水晶体を後方移動させれば前房は深くなる、ということです。
チン小帯が弛緩していると、「散瞳による虹彩根部の膨隆<縮瞳薬による水晶体後方移動による前房深化」という状態になるのかなと思います。
その上で、実際に水晶体が後方移動するかどうかは、硝子体圧によると思うのですが(硝子体圧が高ければそれに対抗して水晶体後方移動は難しいのでは?)、悪性緑内障でアトロピンが効果ありと言われるからには、まぁあまり硝子体圧は関係ないのかもしれません。(チン小帯の力の方が強いということ?)
まとめ
- 一般的に使われる散瞳薬、縮瞳薬は隅角に対して相反する効果を示す
- 前房が浅い原因によって、どちらもが禁忌になり得て、使い分ける必要がある
単純に散瞳・縮瞳薬といっても、いろんな病態に合わせて使い分ける必要があるのかもしれません。
ここまでなぜ?に答えている参考書が見当たらなかったため、まとめました。(答えが不明なところも多いですが)
あくまで考察ですが、参考になれば幸いです。
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