白内障手術を受ける人、そのご家族、単に興味がある人に向けて、多焦点とはなんぞや、単焦点とはなんぞやという疑問にお答えします。
どっちがおすすめかはその人の生活環境が大きく関わりますが、現時点で自分なら単焦点+眼鏡でよいと思っています。
記憶が定かではないですが、眼科学会などのアンケートでもすごく偏った感じではなく、眼科医自身も半々ぐらいだった気がします。
どちらも一長一短ありますので、ご参考にしてください。
多焦点レンズの要点
最初に、多焦点レンズの要点を以下に挙げておきます。
- 眼鏡をできるだけ掛けたくない人向けのレンズ
- 遠くも近くもある程度見える
- 眼鏡をかける頻度が少なくなる
- 見え方の質(コントラストなど)は単焦点レンズより劣る
- ハロー・グレアという光の見え方が単焦点レンズより起こりやすい
- 単焦点レンズよりも見え方に慣れるまでに時間がかかりやすい
- レンズ代金は自己負担で治療費が高くなる
- 白内障以外に目の病気がある場合は適応外となることがある
- 神経質な人、夜間の外出・運転が多い人は注意
- 見え方の細かい質が求められる人は注意
レンズにおける焦点とは
カメラのピントを近くに合わせれば遠くの背景はぼやけるし、遠くの背景にピントを合わせれば近くのモノはぼやけます。普通のレンズはこのように、ピントが合う奥行きが1箇所になります。そのピントが合っている奥行きの部分は鮮明に見える一方、ピントから遠い位置はぼやけます。
このピントの位置が近くになるほど(近くがはっきり見やすい人ほど)、強い近視ということになり、遠くがはっきり見える人ほど弱い近視~正視となります。遠視は無限の彼方の更に斜め上の世界にピントが合っているという感じで、実世界ではどこにもピントが合っていません。
単焦点レンズとは
単焦点とは、「単」、「単一」の単です。すなわち、1か所にのみピント(焦点)が合うレンズのことです。ピントが合う奥行きはレンズの度数で異なってきます。遠くに合わせることも、近くに合わせることもできますが、合わせることができる位置は1か所だけです。
多焦点レンズとは
多焦点とは逆に、焦点が合う位置が多数あるレンズのことです。白内障手術における眼内レンズでは主に、2焦点、3焦点と、EDOF(イードフ)という焦点深度を深くする(焦点の合う幅を広くする)レンズがあります。
- 2焦点では基本的に、遠くと近く、もしくは遠くと中間にピントが合う
- 3焦点では遠くと中間と近くにピントが合う
- EDOFは遠くにピントを合わせて、そのピントの幅が広がるので中間ぐらいまでは見やすい
スマートフォンのカメラの例
現在のスマートフォンではカメラが複数個付いているものも多くあります。このようにレンズが多数あるものでは、それぞれが遠くと近くにピントを合わせてその写真を合成すれば、遠くも近くもはっきりしている写真は撮れます。しかし人間の目は右と左に1個ずつです。右と左の目が2個ずつあればこのように近くと遠くにピントを合わせれば同じようにできるかもしれませんが、それだと怖いお顔になってしまいます。
左右のピントが違うと不同視を起こす
左右1個ずつある目を遠くと近くにすればいいのでは?と思うかもしれません。これは原理的には合っているのですが、実際はその見え方を統合する脳が混乱を起こし、不同視(ガチャ目)となって眼精疲労を起こすことが多いです。またこの場合は、2つの目で見ることでできる立体視などの高度な見え方は失われます。一般的にはおすすめされず、基本的には左右の目の度数は、同じくらいに合わせることが大事です。ただし、度数の差をつけすぎなければ(2D以上)あまり症状は強くなく、問題ないことも多いです。
なお、それでもうまく見ることができる人がいます。(下記)
モノビジョン法
片方が遠く、片方が近くで両眼で見て問題なく見えている人は、「モノビジョン」ができている、ということになります。モノビジョンとはこのように、両眼のピントの位置が遠くと近くで異なるのに、脳内でうまい具合に遠くも近くも見やすく見えている状態です。勿論左右のピントの差の大きさ(屈折値の違いの大きさ)によりいろいろあるのですが、元々左右の度数がすごいずれていてモノビジョンで生活しているという人は、多くはありません。またそういう人は基本的に立体視はできていません。
モノビジョンという選択肢もないわけではないですが、個人的にはあまりおすすめしません。その理由として、実際にわざとモノビジョンに度数を合わせて手術することはありませんが、白内障、その他の疾患で片眼だけを手術する機会はたくさんあります。その中でやはり左右差が強くなりすぎると辛い症状を訴える人が多く、その対応として反対眼の白内障を手術して両眼の度数を合わせる、ということは結構あります。このようなことから、あえて左右の差を付けることはあまりお勧めしません。(このような場合は左右差が強すぎるため症状を感じており、左右差をつけすぎなければ大きく問題にはなりませんが)
多焦点レンズについて
多焦点レンズのメリット
- 遠くも近くもある程度見える
- 眼鏡をかける頻度が少なくなる
多焦点レンズのデメリット
- 見え方の質(コントラストなど)は単焦点レンズより劣る
- ハロー・グレアという光の見え方が単焦点レンズより起こりやすい
- レンズ代金は自己負担で治療費が高くなる
多焦点レンズの適応外・選択しないほうがよい人
- 白内障以外に目の病気がある場合は適応外となることがある
- 神経質な人、夜間の外出運転が多い人
- 見え方の細かい質が求められる人
多焦点レンズをおすすめの人
若い人やスポーツをする人、遠くも見えて近くの細かい字なども裸眼で見たい人、できるだけ眼鏡をかけたくない人などにお薦めです。
多焦点レンズの欠点
多焦点レンズの見え方の質の低下としては、①コントラスト感度の低下、②ハロー・グレア、③夜間視力低下、④waxy visionなどがあります。
単焦点レンズに比べコントラストの低下や街灯や車のライトなどの光が滲んで見えたりしやすいので、神経質すぎる人に勧めにくいです。これは単焦点でも感じる人はいますが、単焦点よりも多焦点のほうが頻度が高く程度が強いと言われています。
医療費、支払う金額の違い
単焦点レンズの場合
単焦点レンズ挿入の白内障手術は保険診療です。つまり医療保険が使えるので、その人の年齢や収入状況など異なりますが、最大で3割負担となります。
白内障手術の医療点数が12100点(12万1000円、令和4年現在)でそれにプラスして、その手術に使った薬剤や入院の費用などで、だいたい片眼あたり20万前後のMAX3割負担なので、5〜6万円程度です。(1割、2割負担の人は更に下がります)
多焦点レンズの場合
多焦点レンズは2020年3月末まで先進医療として運用されてきましたが、2020年4月より選定医療となりました。従来の先進医療では白内障手術費用などの一連の費用が全て自費+多焦点レンズ代金(レンズの種類によりますが、30~50万円程度)が自己負担でしたが、選定医療となることでレンズ代金以外は医療保険が使え、やや総負担額が下がることになりました。
見え方の質の差
一般的に見え方の質は、多焦点のほうが単焦点より劣るとされています。しかし単に「質」といっても、その「質」が何を意味しているかで意味は変わってくるため、具体的に説明します。具体的には以下の3点です。
- 「裸眼で遠くも近くもある程度見えて、全体的に不都合が少ない」という意味では、多焦点レンズも見え方の質はよいことになります
- 「レンズに特有の光のぼやけ、にじみ、輪っかなどが見える現象(ハロー・グレアなど)は多焦点レンズの方がでやすい」という意味では、多焦点レンズの方が見え方の質は劣ります
- 「今見ている場所、モノの細かい色彩の違いや字の形がどれだけ細かく判別できるか」という意味での質では、多焦点レンズのほうが単焦点より劣ります
多焦点レンズは「遠くも近くも裸眼で見やすく」がコンセプトのレンズです。1枚のレンズで遠くの光、近くの光を分けて見えるようにしているわけです。
具体的には、同じ大きさのレンズ1枚において、単焦点であればその焦点の位置のほぼ全ての光情報が眼内に入りクリアに見えているのに対し、
多焦点レンズでは遠く50%、近く50%というように1枚のレンズで実際に使われている部分がどうしても少なくなります。また、更に構造上の問題で遠くも近くの見え方にも関与せず失われてしまう光がでてきます。
このようなことにより、見え方の質は原理的には下がります。
しかし多焦点レンズでも視力検査の細かい形を視力1.0以上見ることはできますし、質はちょっとは下がるとはいえ日常生活において問題になることは少ないと思います。それよりも、夜間視力やライト・光に対するハロー・グレアなどの方が見え方の質に影響しているように思います。
生活状況別おすすめレンズ
- カメラマン
- デザイン関係者
- 歯科医
- 非常に精密な視力を必要とする職業
- 術後の見え方の質にこだわりがある人
- 性格的に細かいことが気になってしまう人
- 夜間の運転する職業ドライバー
細かい見え方の質が必要な人、質にこだわりすぎる神経質な人、ハロー・グレアなどの光の影響が出ると不都合が大きい人などが注意です。
眼鏡をかけることを不便と感じない人
→単焦点
眼鏡をできる限りかけたくない人
→多焦点
まずこの2つが最初の大きな区分だと思います。
単焦点では眼内に入れるレンズの度数を遠くが見えるように設定した場合、遠くはそのまま見えますが手元はぼやけるので眼鏡が必要です。逆に眼内にレンズ度数を近くに合わせた場合、携帯電話操作や読書などは裸眼でしやすいですが遠くはぼやけるので、運転のときや出掛けるときなど、場合によっては普段から眼鏡が必要です。
多焦点レンズでは、遠くから近くまでが裸眼で過ごせることが多焦点の醍醐味であり、眼鏡を必要とする場面が単焦点よりは確実に少なくなります。しかし多焦点にも限界はあるため、絶対に眼鏡が必要なくなる、というわけではありません。
上記の大前提の上で、
スポーツをする人
スポーツはその種類によってどの程度遠く、近くを見るかが変わってくるので一概には言えませんが、手元の細かい字が見えるレベルの見え方は必要ではないので、単焦点で遠くが見えるようにしておけばそれなりに問題はないように思います。
ピント(奥行きの見え方)は瞳の大きさや他いろんな影響によって変わってきますし(焦点深度の問題)、見え方の質の求めるレベルは人、性格などによっても変わってきます。ある程度の誤差が気にならない人(閾値が高い人)もいれば、もっとはっきり細かく見たい(閾値が低い人)もいますので、一概には答えられませんが
多焦点ならまず問題なくバッチリ見えると思います。かかる費用や求める見え方の質をよく考えて、ご本人で決めることが大事です。
若い人
若い人は調節という目の働きにより、裸眼で遠くが見える人は近くも見えます。調節は近くを見る方向にのみ働くので、若くても近視の人は遠くは見えません。
調節力は40代程度で大部分が失われていく(老眼になる)のですが、それより若い人がなんらかの病気で眼内レンズを挿入するのであれば、多焦点レンズは一つ検討してもよいと思います。ただし白内障は基本加齢に伴って生じるもので、若い人の白内障は目のほかの部分にも障害を負っていることも多くなり、多焦点が適応とならないことも多いです。
プチ多焦点性能の単焦点レンズ
国内で採用されている眼内レンズは、多焦点、単焦点と分類されていますが、単焦点レンズ(保険適応)の中に、ちょっぴり多焦点レンズの性能が入っているレンズもあります。この場合は保険適応なので値段が高くなったりすることはありません。
また、多焦点レンズなのに保険適応のものもあります。
多焦点は自費だって話だったのに多焦点の中に保険適応のものができたり、保険適応の単焦点だけどちょっと多焦点性能があったり、なんだかよくわからないことになっています。
まぁ企業側の宣伝的なところが強く、いろいろな思惑があってこうなっているんだと思います。
もう何がなんだがごちゃごちゃ
多焦点レンズを希望される患者さんの場合、基本的には裸眼である程度の見え方の質を期待している人がほとんどであり(過度に期待している人は前述のように注意)、また多焦点レンズは2焦点、3焦点、EDOFなど種類があること、金額も高額でかつレンズごとに異なることから、レンズ選択は慎重に値段も踏まえて相談すべきですが
単焦点レンズでは「どの位置を見やすくするか(遠くor近くorまれに中間)」が大事であり、レンズの種類自体を患者さんと相談することはあまりありません(希望があれば答えますが)。
メーカーごとに特徴を出して他社との比較などを出していることもありますが、現実的には患者さんの白内障の状態と、「安く仕入れさせてくれて使いやすくクレームが少ないレンズ」が使われると思います。
大病院などではある程度の種類のレンズが揃っていると思いますが、小規模なところではメーカーとのつながりの関係で置いてあるレンズが限られている可能性もあります。
もし、単焦点でも何のレンズを入れる予定なのか気になる方は、担当医に確認してもいいかもしれません。
が、基本的にどのレンズでも見え方に差が大きくあるということは少ないでしょう。(そもそも前述の通り単焦点、多焦点限らず術後の見え方の不満が多いようなレンズは使われなくなりますので。)
自分の使っている眼鏡のレンズのメーカーがどこか知っていますか?コンタクトレンズのメーカーどこか知っていますか?その程度の感覚でよいと思います。
まとめ
- 多焦点レンズは眼鏡をかけたくない人向け(100%眼鏡不要の保証はない)
- 単焦点レンズよりは光の損失などで見え方の質は少し下がる
- 金額の差は、単焦点 1桁万円vs多焦点 数十万円(レンズの種類に依る)
- 見え方の質重視な人・職業、神経質な人、他の眼疾患がある人は不適
長くなりましたが、
冒頭にも述べましたが、いち眼科医としての意見・好みとしては
現状であれば単焦点+眼鏡でいいかな
です。
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